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株式会社長野工務店 横浜市 土木工事・舗装工事・上下水道工事・防食工事・太陽光事業を行う会社です。随時求人募集!

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〒244-0004 横浜市戸塚区小雀町1137番地

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樺キ野工務店 100年のあゆみ


発展期(1971年〜2003年)

 昭和46年11月19日、当社は資本金600万円で株式会社に改組。株式会社長野工務店となり、敏三が代表取締役社長に就任した。
 株式会社立ち上げ当時は、高度経済成長も終わりを告げようとしていた時期で、昭和48年末には第一次オイルショックが到来して長い不況期が訪れた。資金繰りが大変で、昭をはじめ、敏三の息子たちまで駆り出されて、家族総出で仕事が行われたと言う。
幸い、元々公共事業を得意としていた当社は、不況対策として行われた公共事業、中でも横浜市発注の漏水・切回し年間維持工事を受注することができ、この苦境を乗り切ることができた。日本道路公団の横浜新道や藤沢バイパスの擁壁工事などを手掛けたのもこの頃のことである。
 1970年代は、昭和47年に下水道事業センター(日本下水道事業団の前身)が設置されるなど、全国的に下水道が整備普及し始めた時期である。当社は昭和49年に横浜市排水設備指定店となり、横浜市の下水道インフラ整備の一翼を担うこととなった。
 1980年代半ばになるとバブル景気が訪れ、仕事量はうなぎ上りに増えていった。売り上げも40億円を超え、社員数もピーク時には40人にまで増えた。しかし、この時期、当社は公共事業それも道路整備や下水道整備などの土木工事以外には手を出さず、敢えてそれまでの事業スタイルを守ることに徹した。そのことは、やがて訪れたバブル崩壊の時に功を奏し、多くの同業者が傾いていく中で、それまで勝ち得た信用と手堅さによって生き残ることができたのである。
 敏三は、本業の他に、地域への感謝を込めた貢献にも意欲的に取り組んだ。
その中でも消防団での活動には熱心で、温厚な性格で人望もあったため、押されて横浜市消防団長会会長、財団法人神奈川県消防協会会長、財団法人日本消防協会副会長に就任している。
 





 (上写真 都市計画道路環状3号線街路整備工事 すずかけ橋 昭和53年)
 (下写真 笹川良一(財)日本消防協会会長(当時)と長野敏三 昭和53年)

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